観世流  幽花会の秋の大会   片山伸吾先生


昨日は実はお能の先生主宰の「幽花会秋季大会」が観世会館で催されました。私も詳しくはないのですが、(何しろお稽古まだ初回が終わったところです)この会は春には先生のご自宅、そして秋は観世会館で催される社中さんの発表会のようなものだと思います。
今年はなにがなんだかよくわかりませんので、お邪魔になっても行けないと観に行きませんでしたが、(結局風邪で寝ていましたが)来年は見に来るのではなく、舞台に上がるんですよとなにげない寺田さんの発言。ええ!4月にもう?大丈夫なんでしょうか?

# by kiyara888 | 2010-11-08 21:26 | 日常 | Comments(0)

愛之助さん     ダスティーホフマン



5夜連続ドラマ「99年の愛 Japanese Americans」に昨夜愛之助さんが突然登場して驚きました。主役の草薙くんは日系二世のアメリカ兵で、愛之助さんは彼の戦友。草薙君は愛之助さんをかばって戦死します。草薙くんと愛之助さんは顔面泥だらけで熱演しています。
先日お目にかかった時の愛之助さんはとても端正なお顔をなさっていて、おしゃれな感じを受けましたが、こういう体当たりの演技もいいですね。もともと草薙くんも愛之助さんも誠実な感じですね。

戦時中のいえ戦前でもアメリカの日系人は大変なご苦労をなさったんだなあと思いました。
このドラマ以上の過酷さだったんでしょうね。


昨夜は風邪のために身体がだるく座っているのがつらくなってきましたので早くから布団の中に入ってテレビを観ていました。

このドラマの後にダスティーホフマンの映画を観ました。(お昼も寝ていましたので、珍しく眠くない夜でした)
ダスティーホフマンはやはりいい役者です。汚れ役でしたがほんとにぴったり.ずるくて利己的でそれでいていざとなるとうっかり人助けをしてしまう。そういう複雑な役を彼は見事に演じていました。題はなんでしたっけ?
車を運転中、目の前に突然飛行機が墜落するという設定でした。いやいやながら救出に力を貸すのですが、結局は頼まれると断れなくなり危険をおかして最後まで一人一人救出していきます。もちろん嫌々ながら。そして救出中にもちゃっかり相手のバッグをふところに入れるという役です。

善人だった別の登場人物がほんの少しのゆとりを求めて嘘をつく。嘘は大きく膨らみ引き返せないところまで行ってしまいます。だが、やはり善人であることには間違いはなかったというお話ですが。
結局ずるくて利己的な人間にも自分でもわからないいいところがあり、善人だと思われていてもふとしたことでずるい人間になり、でもやはり善人のこころも失ってはいないというとてもよくできた映画でした。もちろんダスティーホフマンだからこそ成り立った映画なのでしょうけれど。
よれよれの服(靴だけは立派なのですが、この小道具が映画の中で重要な役割をしています)
無精ひげ 泥だらけの顔。もう一人の男性は浮浪者から突然紳士になりますから、ハンサムな顔も見せますが、ダスティーホフマンは最初から最後までこの姿でした。


嘘から「英雄」になってしまった男性は人助けをしていくのですが、ホフマンに追い詰められ取り返しのつかないことをしてしまったことを恥じ、ビルから飛び降りようとしますが、反対にホフマンに止められます。「おれは英雄になっても人助けはしない、お前がそれをやっていけばいい。おれには賞金だけ返してくれたらいい。お金が欲しいだけだ」
男性はそのまま英雄として人助けに励むことにします。そしてホフマンは息子の大学の入学資金を手にします。秘密に気づいた美人キャスターが「息子さんにだけは本当のことを教えてあげた方がいい」と耳打ちします。動物園でのある一日、息子に自分があの時の英雄だったと話します。息子は眼を輝かせて父親を観る。その時突然「娘がライオンの檻の中に落ちた~!誰が助けて~」と女性の叫び声。息子が父親の目をじっと見ます。ホフマンがもうすぐ係りのものが助けにいくよと言っても
息子はじっと父を直視します。その時にまた「誰が助けて~」の声。父親は「またかよ」と靴を脱ぎ棄て「靴をみはっててくれよ」と駆け出します。それでFIN。深刻な映画ではなく、喜劇的な映画ですが、深い中身だと思いました。

ホフマンは俺がその英雄なのだと叫んでも酒場の亭主もアパートの大家もそして元妻も「お前みたいな利己的でずるくてくずのような人間が人助けをするはずがない」と信じてもらえません。でも元妻が最後に言います「利己的な人間だけれど、なぜかとても大変な時には力を貸してくれる、優しいところもきっとあるんだわ」と。



まだ風邪気味ですが、朝はとりあえずいつも元気です。朝方人間です。

# by kiyara888 | 2010-11-07 08:31 | 日常 | Comments(2)

井上八千代芸話     片山慶次郎著




井上八千代芸話を今読んでいますが、これは次男でいらっしゃる観世流のシテ方片山慶次郎さんがお書きになった本ですが母親である井上八千代さんの語り言葉として芸話が綴れています。
四世井上八千代さんをテレビでご覧になった方も多いと思いますが、舞台にお立ちになった井上八千代さんを映像でしか拝見しておりませんが、背中がぞくぞくとするものを漂わせていらっしゃいます。もうご高名でいらっしゃいましたから、説明する必要もないかもしれませんが、この方の芸話を読ませていただきまして、これは芸事に携わっていらっしゃる方には大変なバイブルではないかと思いました。時代も環境も変わってきましたから、もうなかなかこういう方は出ていらっしゃることはないだろうなと感じてしまいます。すさまじいばかりの芸の道に驚かされます。

「本当に舞うことが好きだった、舞っている時は嫌なこともすべて忘れることができた」
その道の達人と呼ばれている方々、イチローさんにしてもそうですが、厳しい練習お稽古をこなしている方には好きだという気持ちが根底にあり、そういう方でないとこちらをぞくぞくとはさせてくれないとそう思います。そういう方々には神が降りたと思わせる瞬間がありますですね。

とても足元にも及ばない別世界の話ではありますが、この本に出会えたことは幸運でした。

畠ちがいの方へのお稽古も経験されるのですが、このお話はとても面白いものです。
田中絹代さん 山田五十鈴さんの映画の場面での舞のお稽古をなさったのですが、「できるにゃろか」と最初は不安に思われたそうですが、お稽古をして自分の認識不足を恥じたとお書きになっています。どの道も、立派にやれる人は一緒なんだなあと。

面白いのは文楽の人形遣いの方に指導なさったくだり。ここでご紹介いたしましょう

「文楽座の楽屋で、まず人形遣いの方々に、私の振り付けた舞をお教えしました。はじめは、人形をもたずに、ご自分が舞われるつもりでお稽古をし、そこそこ出来上がったところで、今度はそれぞれの役の人形を持ってやって頂きました。
不思議なものです。こういっては失礼ですが、いささか覚えにくく、また舞いずらそうであった方々が、人形を手にされた途端、するすると私の振りのように動くではありませんか。
私も妙な錯覚にとらわれたことでした。私がみつめて教えているのは、人形遣いの方々です。
そして私のいうように舞っているのはそれぞれ手にある人形のほうです。視点・・・といえば大げさですが、人形をみて文句をいえばよいのか、遣ってられる人に注意すればよのか・・・・。人間でないから可愛いといえばいいのでしょうか。生身の人間にように、こちらのいうままに動くからいとおしいのでしょうか・・・・・・。終いには遣い手の方々を忘れ、人形という可愛いお弟子に教えているような気分になったのでした。」

# by kiyara888 | 2010-11-06 10:12 | 日常 | Comments(1)

お謡



お謡のお稽古をすることになりましたが、私は音痴でという話をしますと、寺田さんも友人も音痴っていないそうですよって慰めたくださり後押ししてくださいます。
でも昨日誕生日のお祝いの電話を母にした折り、お謡の話をしましたら、「ええ!あなた音痴なのに!」って言われてしまいました。母の趣味はクラシック鑑賞でピアノを弾くことでしたから、私は物心つきましてからずっとクラシックの中で暮らしていたことになります。なのになぜっていうくらい歌が歌えないのです。声もでませんし。音は外れているし。ピアノを習わせても止めることばかり考えている私に、もうやめなさいと呆れてしまった母。こういう私で大丈夫なのだろうかという不安もありますが、もしかしたら、違う世界かもしれないと期待感もあります。

京都在住のイタリア人の友人マリアに「あなたの性格は私よりもイタリア人的」と言われていますが、年を取るとともに和の世界に魅かれていきます。着物は子供のころより好きでしたらか40年間着物を着てこられたのですが、どちらかというとイタリアにいる方がのびのびするという感じもありました。
若いころからしばらく京都に住んでいましたので、京都はあちこちとよく歩いていました。でも今この年で戻りますと、京都が違って見えてきます。河原町界隈はもちろん大きく変わって昔の京都らしさはなくなっていますが、ほんのちょっとした通りや京都らしいものを見つけますと、今の方がこころに染みてきますね。月に一度の京都でも教室が終わればそのまま新幹線に乗って帰るという繰り返しが多いのですが、やっと過ごしやすくなりましたので、少しは京都の秋を感じにいきたいとも思っています。

# by kiyara888 | 2010-11-06 09:33 | 日常 | Comments(0)

半襟の皴のお話です




半襟を前で合わせるとかなり長さが違っている方がいますが、芯の長さが結構今は長いですから、片方が出てきますよね。
長襦袢の背中心に半襟の中心を合わせ中心から外に向かってマチ針を止めていきます。
そうすると下前、上前の半襟の長さが同じに決まります
半襟の内側を少し引き加減に縫い付けていくと皴があまりでなくなります。
かなり皴を取る方法もありますが、それは指の使い方もありますから、授業で手取り足取りの指導になります。
芯も必ず中心がずれないようにします。
テレビのドラマなどで時々半襟が波打っているのを見かけますが、なぜなんでしょうかね。
綺麗にはみえないのですが。
「美しいキモノ」「着物サロン」などのグラビアなどの写真では見かけませんから、流行でもなさそうですし。それとも皴の取り方がわからない?プロのスタイリストが着つけているのでしょうから、それも考えられない。
謎です。でも私の目には美しく映らないし、気になっています。
半襟の種類によっては縫い付けたままだと波打つのもありますが、その場合には半襟を芯の先までしごいていって、糸で軽くとめておきます。そうすれば着あげた時に、半襟に皴がよりません。
授業では実演で指導しています。
ふわっとした半襟の好きな方、ピシッとした半襟が好きな方、それはそれで個性をお出しになったらいいでしょうね。それぞれの好みで。
お正月が近くなっていますから、襟芯の付け方は実演を兼ねまして、教室ではお話していきます。

見学はお受けしていませんが、一回きりのお稽古に参加なさっても結構ですよ。
どちらにしろ、何回受講されるかはこちらでは決めていません。生徒さんおまかせです。
でもみなさん続けてこられていますね。着物は奥が深くほんとに魅力的ですからね。
さあいよいよお正月、生徒さん方全員がお正月には着物が着れるようにご指導したいですね。
入ったばかりに方もなんとか着れるようになれるといいですね。頑張りましょうね。016.gif

# by kiyara888 | 2010-11-05 08:54 | 日常 | Comments(0)